預貯金の払戻しと遺言
被相続人が亡くなった場合、銀行口座は凍結され、原則として払戻しができなくなります。
これに対して、遺言がある場合は、指定された相続人が単独で預貯金の払戻し手続きを進められる可能性が高く、迅速な資金確保が可能になります。
ここでは、遺言と預貯金の関係、払戻しの方法、制度のポイントを整理して解説します。
1. 預貯金は相続開始と同時に「相続財産」となる
預貯金は相続開始と同時に、法定相続人全員の共有財産となり、勝手に引き出すことはできません。
銀行は、口座名義人の死亡を確認すると口座を凍結します。
このため、遺言がない場合は、相続人全員で遺産分割協議を行い、協議書を提出しなければ払戻しができないのが原則です。
2. 遺言がある場合の払戻し
遺言書で「〇〇銀行の預金は長女に相続させる」と指定されていれば、その人が単独で払戻しを請求することができます。
これは、遺言により遺産分割協議を経ることなく、財産の帰属が確定するためです。
必要書類の例(公正証書遺言の場合):
- 遺言書(公正証書)
- 被相続人の戸籍一式(出生〜死亡)
- 相続人の戸籍・住民票
- 本人確認書類
※自筆証書遺言の場合は、家庭裁判所の検認が必要であり、その分、手続きに時間を要します。
3. 2019年改正民法による「仮払制度」
遺言がない場合でも、2020年からは一定の範囲で預貯金の一部を単独で払戻しできる「仮払制度」が設けられました(民法909条の2)。
要件:
- 相続人1人あたり、金融機関ごとに「法定相続分 × 口座残高 × 1/3」まで
- 上限は金融機関ごとに150万円まで
- 金融機関に戸籍類・遺産分割が未了である旨の申出書などを提出
ただし、これは一時的な資金確保のための制度であり、本来の分割と異なる割合で取得できるわけではない点に注意が必要です。
4. 遺言で指定すべき理由
相続人が複数いる場合、預貯金の分配をめぐって意見が分かれやすく、協議が難航することもあります。
そのため、遺言書で以下のように具体的に記載しておくことで、手続きがスムーズになります。
遺言の記載例:
遺言者は、次の預貯金債権を長男〇〇に相続させる。
〇〇銀行〇〇支店 普通預金 口座番号:1234567
5. 預貯金の分配に注意が必要なケース
- 定期預金と普通預金が分かれている場合、それぞれ別に指定すること
- 通帳名義と実際の取引内容(共有口座・介護費引き出し等)にズレがある場合
- 名義預金と判断される可能性がある資金(たとえば孫名義など)
まとめ
預貯金の払戻しは、遺言があるかどうかで手続きの手間・期間が大きく異なります。
遺言書によって明確に受取人を指定しておけば、相続人全員の同意を得ることなく、迅速に資金を引き出すことが可能です。
特に生活費・葬儀費用・納税資金などが必要となる場面では、遺言による預貯金の明示的な配分指定が極めて有効です。