預貯金の払戻し請求制度
相続が発生すると、被相続人名義の銀行口座は原則として凍結され、相続人全員による遺産分割協議が成立するまで原則として出金ができなくなります。
しかし、葬儀費用や緊急の支出に対応するため、一定の金額であれば相続人が単独で預貯金の払戻しを請求できる制度が2019年の民法改正により導入されました。
ここでは、この制度の概要と実務上のポイントについて解説します。
1. 制度の概要(民法909条の2)
この制度では、遺産分割が未了でも、相続人が単独で金融機関に対し、一定額までの預貯金の払戻しを請求できるようになっています。
払い戻しの目的としては、葬儀費用や医療費の支払い、当面の生活費などが想定されています。
2. 払戻しの上限額
以下の算式により、相続人1人につき、被相続人の預貯金残高の3分の1 × その人の法定相続分までの範囲で請求が可能です。
【払戻し上限額】 = 被相続人の預貯金残高 × 1/3 × 相続人の法定相続分
【例】
- 被相続人の預貯金残高:900万円
- 相続人:配偶者と子1人 → 法定相続分は各1/2
この場合、配偶者も子もそれぞれ:
900万円 × 1/3 × 1/2 = 150万円まで単独で請求可能
3. 対象となる金融資産
- 銀行、信用金庫、ゆうちょ銀行などの預貯金口座
- 普通預金、定期預金(金融機関により一部例外あり)
※株式、投資信託、保険契約などは対象外です。
4. 手続き方法
金融機関ごとに様式が定められており、以下のような書類の提出が求められます。
- 払戻し請求書
- 相続人であることを証明する書類(戸籍、除籍謄本など)
- 被相続人の預金残高が確認できる通帳や残高証明
- 本人確認書類(運転免許証など)
※金融機関によっては、他の相続人の同意がないことの確認書や、遺産分割協議中である旨の申告を求められる場合もあります。
5. 実務上の注意点
- この制度は仮払的な制度であり、遺産分割協議において最終的な相続分に調整されます
- 払戻しを受けた金額はその相続人が相続したものとしてカウントされます
- あくまでも緊急の支払いのための制度であり、大きな金額を引き出すことはできません
- 金融機関によっては払い戻し実務に時間を要することがあるため、早めの確認が必要です
6. まとめ
「預貯金の払戻し制度」は、遺産分割前でも相続人が単独で必要資金を確保できるという、実務上非常に有用な制度です。
葬儀費用や入院費用、公共料金の支払いなど、急を要する場面ではぜひ活用すべき仕組みですが、あくまでも一時的な対応であることと、後の遺産分割協議での調整が必要あることには十分な注意が必要です。
スムーズな相続手続きのためにも、制度の内容を理解したうえで、戸籍など必要書類の準備と金融機関への事前確認を心がけましょう。